第十六場 メレンデス侯爵邸 F カーテン前
エリオがエルビラを連れて、上手から登場。
エリオ 「エルビラ。帰ってきました、此処が貴女の居るべき場所です。」
エルビラ 「貴方から見ればね。でも私は此処には戻ってくる気なんてなかった。
あの人が居ない、この広い屋敷で、私にどうやって暮らせと言うの。」
エリオ 「エルビラ……。」
エルビラ 「それに貴方は私に対しても幻想を抱いているわ。だから此処へ連れ戻そうとしたのよ。
愛しているって言ったわよね。」
エリオ 「愛しています。」
エルビラ 「貴方は侯爵夫人としての私。いえ、もしかしたら貴方の中に描いた、
私と言う女も自分の都合の良いように考えているのよ。誤解してるの。
私は私、ジプシーのエルビラ。本当に愛していると言うなら、分かるはずよ。」
エリオ 「分かっています。貴女は優しく頼りなげで慎ましやかな人だ。」
エルビラ 「(高笑い)分かってない。やっぱり分かってなんかいない。」
エリオ 「エルビラ。」
エルビラ 「ジプシーの女は強いのよ。でなければ、生きて行けないから。慎ましくなんか無いわ、
私の最初の男はファノだったし。フランスに居た時だって恋人はいたもの。
(何故か寂しそうに。)そう、何人も、………。」
エリオ 「そんな、そんな筈はない。僕を騙すつもりですか。」
エルビラ 「信じないつもりね。良いわ、もうどうせ、あそこへは戻れないもの、メリッサを弔わずに、
貴方に連れて来られたんですもの。」
エリオ 「弔う?何故、貴女が。」
エルビラ 「メリッサは、私の母親よ。」
エリオ 「……。」
エルビラ 「エリオ。貴方よ、貴方が殺したんだわ。」
エリオ 「僕ではない。エルビラ、貴女だって見ていたはずだ。」
エルビラ 「ファノが、……。(高笑い)彼にとっても、母親なのよ。」
エリオ 「……。」
エルビラ 「貴方さえ。現れなければ、メリッサは死ぬことはなかった。」
エリオ 「僕は貴女を取り戻したかった。それに、それに彼にとって母親だったのなら。
貴女の兄になるのでは、ないのですか。」
エルビラ 「そうね。良いじゃない。大した事では、無いわ。」
エリオ 「神に許されることでは無い。」
エルビラ 「私たちの信じるものと、貴方の信じるものは、違うわ。」
エリオ 「エルビラ……。」
エルビラ 「私は貴方を許さない。貴方がメリッサを殺したのよ。」
カーテンの奥から、ファノの声がする。
ファノ 「エルビラ。いい加減にしておけ。」
カーテン開く。
第十七場 メレンデス侯爵邸 G
ファノが、舞台上にいる。
エルビラ 「ファノ……。」
エルビラ。ファノに駆け寄る。
エルビラ 「迎えに来てくれたのかい。」
ファノ 「そんな所だ……。だがその前にやっておかなきゃいけないことがある。」
ファノ。エリオに近付き。
ファノ 「こいつに見覚えがあるだろう。」
ネックレスを見せる。
エリオ 「ネックレス?それは母上の肖像画の。……。」
エルビラ 「ファノ。あんたが、大事にしてた。……。」
ファノ 「そう分かったのさ。エルビラ、メリッサの最後の言葉覚えているだろう。」
エルビラ 「アァ……。それじゃあ……。」
ファノ 「この坊やがメリッサの息子。おまえの兄貴って事さ。」
エリオ 「そ、そんな馬鹿な。僕は、僕には父も母も居る。」
エルビラ 「馬鹿だね。赤ん坊の時に、メリッサは自分の生んだ子と、貴族の奥方が生んだ子とを取り替え
たんだ。」
ファノ 「残念ながら、父親は同じらしいが。」
エリオ 「嘘だ、そんな話、誰が信じる。」
ファノ 「それなら何故、あの時メリッサはおまえを庇った。自分の命を捨ててまで、見も知らぬおまえ
を庇う理由が、他にあると言うのか。」
エルビラ 「何処の誰とはメリッサは言おうとはしなかった。自分を無理やり囲い者にした貴族が許せなか
ったのと。自分が男の子を生んだ時に、奥方もそう違わない日に男の子を生んだ。
その時メリッサは、おはらい箱になったのさ。その屋敷を出る前に自分の子供と、奥方の子供を、
取り替える決心をしたらしいよ。」
ファノ 「だが、貴族の奥方。俺の母親らしいが。分かっていたんだろう。分かっていて、
自分の子供をメリッサに……。その時困ったら金に替えろと渡したのが、このネックレスだと
言う訳さ。流石に奥方や子供に恨みが有る訳でなし。何時か自分の力で見つけろと、メリッサに、
渡されていたんだ。」
エリオ 「それが母の肖像画に描かれているからと言って。何故。」
エルビラ 「分かったはずよ。メリッサは貴方を庇った。自分が一人前にした息子に殺されるのに。
自分の生んだ息子が目の前で殺されることに絶えられなかったのよ。女なんてそんな者なのよ。」
エリオ 「分からない。信じられない。」
エルビラ 「あたしが貴方に魅かれたのわ。メリッサの血のせいだったのね。愛では無かった。」
エリオ 「僕は愛した。いや愛している。」
エルビラ 「母親が同じ兄弟なのよ。許されないことだと言ったのわ貴方よ。忘れたとは言わせない。」
エリオ 「信じない。僕はエルビラ愛している。」
エルビラ 「興味無いわ。貴方にもう私は。」
ファノ 「エルビラもう良いだろう。俺は俺なりに、けりをつけに来たんだ。俺は俺が誰であるか
見つけた。だが、俺はジプシーなんだ。メリッサは俺にとって母親だった。その母親を殺す
原因は、おまえだ。だから、今度こそ殺す。」
ファノ懐からナイフを出して、エリオに投げる。
ファノ 「拾え。そいつを取って、決着を着けよう。」
エリオ 「信じない。信じない。信じない。……。」
ファノ 「エリオ…!!」
エリオ放心したように。呟いていたが。ファノに呼ばれて驚いたように気がつく。
ファノ 「ナイフを拾え。生き残りたければな。」
エリオ 「い、嫌だ、僕は嫌だ。」
ファノ 「なら、死にな。エルビラ、こいつを頼む。」
ネックレスを渡す。エルビラ端によける。
ファノ 「いくぜ。良いんだな。」
ファノ。ナイフを出して構える。
エリオ 「嫌だ、僕は、嫌だ。」
ファノ。鼻で笑う感じで。
ファノ 「あばよ。」
ファノ。エリオに向かって行く。ギリギリの所で、エリオは避けて。
エリオ 「嫌だ。死ぬのは嫌だ。」
ナイフを、這いつくばるようにして取る。
ファノ 「やっと、やる気になったかい。そうこなくっちゃな。立てよ、待っててやるよ。
決着を着けようじゃないか、何もかもに。」
エリオ、フラフラと立上がり震えながらも構える。
ファノとエリオの殺陣。
ファノは余裕で。エリオは無我夢中と言った感じで。エリオを少しづつ追い込んで行く。
エリオ 「やめろ。やめろ。来るな。」
ファノ 「逃げるなよ。楽にしてやるよ。」
エリオ 「嫌だ来るな、やめろ。」
無我夢中のうちにファノに、少しぐらいの手傷を負わせても良い。
ファノ 「やってくれるじゃないか。」
エリオ 「嫌だ、来るな。」
ファノ 「俺に、手傷を負わせたんだ。もう覚悟は出来ただろう。」
ファノ。意外なほど、あっさりとエリオを刺す。エリオ。倒れる。
エルビラ 「殺ったのかい。」
ファノ 「アァ、良かったのか……。」
エルビラ 「別に構わないさ、終わったんだ……。」
ファノ 「いや、おまえのことは終わっていない。」
エルビラ 「あたしのこと……。」
ファノ 「メリッサから、話す時がきたら、話してくれと言われていたんだ。」
エルビラ 「一体何を……。」
ファノ 「おまえのことさ……。」
エルビラ 「あたしの何を……。」
ファノ 「メレンデス侯爵は自分で命を絶ったらしい。」
エルビラ 「自害だって言うの。」
ファノ 「エルビラ、メリッサからおまえの父親のことは聞いているのか。」
エルビラ 「聞いている訳け無いでしょう。あたしの父親とあの人が死んだ訳となんの関係があるって
言うの。」
ファノ 「メレンデス侯爵は、おまえの父親だ。」
エルビラ 「ファノ……。嘘。嘘よそんな事。」
ファノ 「あの男は一度でもおまえを抱いたか。おまえを女として愛して…いたか。いたからこそ…。」
エルビラ 「分からない。あたしには、一体どういう事なの。」
ファノ 「おまえが、あの男を連れて来たとき。すべて分かっていたんだ。分かっていて、おまえが、
メリッサとの間に生まれた。実の娘と知ってて、妻にしたんだ、女として愛したから。
愛しているからこそ、おまえを抱けなかった。その気持ちは俺だって分かるさ。」
エルビラ 「だったら何故。あの人もメリッサも、それを言ってくれなかったの。」
ファノ 「愛していたからだ。おまえが幸せになると信じたから。何も言わずに、おまえを侯爵の所へ
行かせた。メリッサは今でも侯爵を愛していたのさ。伯爵の所からメリッサを連れ出し引き取っ
たのは、メレンデス侯爵だったんだ。だがその時、俺が一緒だったし、身分の違いすぎる事で
反対された、若かった侯爵は強くは出れなかったんだろう。せめて生まれたおまえが、
男だったら説得もできたろうが、生まれたのは、……。」
エルビラ 「女。だった……。」
ファノ 「メリッサはおまえが、生まれてすぐにメレンデス侯爵のもとを去った。」
エルビラ 「そして、何年も経って、あたし達は出会ってしまった。」
ファノ 「男と、女としてな。」
エルビラ 「でも……。」
ファノ 「エルビラは何人の男と寝た。」
エルビラ 「ファノ……。」
ファノ 「あの男は知っていた。知っていて、どうすることも出来ない自分にイラだっていたのさ。」
エルビラ 「あたしは、愛して欲しかった。当て付けるように、男達と肌を合わせたわ、でもあの人は、
ただ笑って許してくれるだけ。寂しかったのよ。いっそ叱って欲しかったのに。」
ファノ 「此処へ戻って来るまでは、それでも良かったのさ。」
エルビラ 「……。」
ファノ 「おまえ達が此処へ戻って来た時、俺達も此処へ戻って来た。そして、俺との仲が戻っていた
ことも気付いていた。」
エルビラ 「エリオのことも。」
ファノ 「おまえが俺達の所へやって来た数日後に、侯爵はメリッサを尋ねて来た。俺はその場にいなか
ったが、メリッサに眠れないので薬をくれと頼んだそうだ。メリッサも、おかしいと思ったが、
薬を渡した。そして……。」
エルビラ 「あの人が、死んだ。」
ファノ 「絶えられなくなっていたんだろう。おまえが他の男に抱かれるのに。」
エルビラ 「あたしが、あの人を殺したの。」
ファノ 「違う。自分で命を絶ったんだ。」
エルビラ 「あたしよ。愛していた。愛していたから……。ファノ、いっそあたしを殺して、あの人の所へ、
メリッサの所へ行く。」
ファノ 「馬鹿野郎。(平手打ち)俺が、俺が居るだろう。」
ファノ。例のネックレスをエルビラに掛けてやる。
エルビラ 「ファノ。これは……。」
ファノ 「俺自身の身の証しが出来た時に。一番愛した、俺の女にやるつもりでいた。
エルビラ、やっぱりこれは、おまえの物だ。」
エルビラ 「ファノ……。」
ファノ 「エルビラ。船に乗ろう。」
エルビラ 「船に……。」
ファノ 「どうせ二人共此処には居られない。ファニータ達の所へも戻れない。船に乗ってアメリカへ
行くんだ。あそこはまだ、新しい土地だ。俺達の生きて行ける場所があるはずだ。エルビラ、
俺と行こう。」
エルビラ 「ファノ……。」
二人の、甘く。激しい。キス・シーン。
エルビラは、両膝をついて、のけ反るように下になって。
ファノは、片膝をついて、客席に背中を向けて、上から。
エルビラは、ファノの頭から、肩、背に両手を掛けて。
ファノは、エルビラの腰を抱き寄せて。
その時、死んだはずのエリオがゆっくりと、立ち上がる。
エリオ 「エルビラは、彼女は、僕のものだ。誰にも渡しはしない。」
まるで、幽鬼のような形相。
エリオ 「エルビラ。ファノ!!」
ファノ、呼ばれて、ゆっくりと、振り返る感じで。
エリオ、ナイフをしっかりと握り締めて、ファノの懐に飛び込んで行く。
ナイフは、ファノの胸に。
ファノ 「エ、エリオ。死んでなかったのか。」
エルビラを、探して見つめながら。
ファノ 「エルビラ……。」
名を呼んで倒れる。
エリオ 「僕の、僕のものだ……。」
それを見届けて、エリオも倒れ、今度こそ息絶える。
エルビラ 「(悲鳴)ファノ。」
駆け寄る。(這い寄る)
エルビラ 「ファノ……。ねえ、どうしたの、起きて。あたしを、抱いて。船に乗るのでしょう。
一緒に行くのでしょう。あたしを一人にしないで。ファノ……。」
ファノに声を掛けるが。もちろん、答えは無い。
エルビラ 「エリオ、貴方、生きてたの。あたしを手に入れたくて、死に切れなかったの。」
エリオにも声を掛ける。しかし、死んでいる。
エルビラ 「ファノ、エリオ、何か答えてよ……。」
エルビラ、二人を揺り動かす。この時両の手に二人の流した血が、べっとりと付く。
エルビラ 「ファノ。エリオ。……。」
名を呼びながら、両の手の血を見つめて。
すすり泣きから、泣くような、叫ぶような、声を上げて。
次第に、狂ったような笑いになる。
BGM・音楽。
エルビラの笑い声を、残したまま。
緞帳降りる。
カーテン・コール
劇中の音楽を、一曲選んで、全員のラインナップ。
最後はエルビラで、ファノと、エリオが、エスコートして。三人で客席に挨拶。
全員で、再び挨拶して。
幕
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